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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)194号 判決

原告 カモン株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和五六年五月二九日同庁昭和五五年審判第一五六三一号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告負担とする。」

との判決。

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四五年六月二九日、「C・K」の欧文字を上段に、「シーケー」の片仮名文字を下段に左横書に表示してなる構成の商標(以下「本願商標」という。)につき、第一七類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として商標登録出願(昭和四五年商標登録願第六八二五五号)したところ、昭和四六年一二月八日、藤倉ゴム工業株式会社から異議申立があり、昭和五五年六月二六日、拒絶査定を受けたので、同年八月二五日、審判を請求し、昭和五五年審判第一五六三一号事件として審理されたが、昭和五六年五月二九日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年六月二五日、原告に送達された。

二  審決の理由の要点

本願商標の構成は前項のとおりであり、その指定商品は、前項のとおり出願されて、その後、昭和五五年一二月二五日付の「商標登録出願の指定商品一部放棄書」により「寝具類」が放棄されたものである。

ところで、登録第七八六二三七号商標(昭和四一年一二月二日登録出願、昭和四三年七月一五日登録、昭和五四年六月二八日存続期間更新登録。以下「引用商標」という。)は、「GK」の欧文字を上段に、「ジーケー」の片仮名文字を下段に横書表示してなり、第一七類「コート」を指定商品とする。

両商標の構成上、本願商標からは「シーケー」の称呼が、引用商標からは「ジーケー」の称呼が生じるが、これを対比すると、ともに二音より構成され、それぞれの音に長音符「ー」を有し、異なるところは語頭の「シ」と「ジ」の清音と濁音の差にすぎず、他の配列音を同じくするから、両商標を全体として称呼するときは、その語韻、語調が極めて類似し、聴感相紛わしいものといわざるをえない。そうすると、本願商標と引用商標とは称呼上類似する商標であり、また、両商標の指定商品は同一又は類似するものであることが明らかである。

したがつて、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当し、登録することができない。

三  審決を取消すべき事由

1 原告は、前記のとおり審判を請求するのに併せて、本願商標の指定商品を第一七類「被服(ただしコート及びその類似商品を除く。)、布製身回品、寝具類」と補正する旨の昭和五五年八月二五日付手続補正書を提出したが、右手続補正書は、商標法第一七条により準用される特許法第六四条に規定する期間を経過しているとの理由で受理されず、前記のとおりの審決がなされるに至つたものであるところ、原告は、右審決後の昭和五六年七月一一日、「商標登録出願の指定商品一部放棄書」を特許庁に提出して、本願商標につき、その指定商品中「コート及びその類似商品」を放棄する旨を申し出た。

2 商標登録の出願人が、右出願に係る指定商品の一部について出願により生じた権利を放棄することは、審決のなされた後であつても、右出願商標につき設定登録がなされるまでは、特許庁に対する意思表示によつて自由になしうるものと解されるから、前記指定商品の一部放棄書の提出によつて、本願商標の指定商品は、第一七類「被服(ただし、コート及びその類似商品を除く。)、布製身回品」に減縮されたものである。

そうして、右放棄の効果は出願の当初に遡つて生じるものというべきであるから、審決が認定した本願商標と引用商標との指定商品間における同一又は類似の関係は、出願の当初に遡つて解消されたものであり、引用商標との対比において、本願商標が商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するとした審決の判断は誤りであつて、取消されねばならない。

仮に右一部放棄の効果が出願時まで遡及しないものであるとしても、本件審決はなお取消しを免れない。すなわち、審決時点においては、いまだ一部放棄書が提出されていなかつたのであるから、審決にはなんら誤りがなかつたものであるけれども、右審決の取消しを求める本訴が提起された以上、本願商標についてはなお出願中の状態が継続しているものであつて、審決後の前記指定商品一部放棄書の提出によつて、現在では、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品及びその類似商品を除外した残余の商品に減縮されている。そして、一般に行政訴訟の目的は、行政行為がされた当時において違法であつたか否かを確認し、もつて行政庁の責任を正すことにあるのではなく、現在において何が正しい法であるかを判断し、宣告することにあるといえるのであるから、法律に反対の定めがあるか、特に反対の理由のある場合以外は、常に判決時の法令及び事実関係に基づいてその違法性を判断すべきものである。したがつて、本件の場合は、当然に判決時を基準として違法性の判断がされねばならないところ、前記のとおり指定商品が減縮された結果、本願商標は既に商標法第四条第一項第一一号の規定に該当しなくなつたものであるから、本件審決は取消しを免れない。

(請求の原因に対する被告の認否及び反論)

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三の1の事実は認め、同2の主張は争う。

商標登録出願の放棄、取下等があつた場合は、商標法第八条第三項の規定により、右放棄、取下等は先後願の関係において初めからなかつたものとみなされるにすぎず、すべての関係において出願が初めからなかつたものとみなされる訳ではないから、これが当然に遡及効をもつとすることはできない。商標登録出願の放棄、取下等が先後願の関係以外においても一般に遡及効を有する旨の規定は、商標法には存在しない。また、審決に違法があるかどうかは、審決がされた時の状態で判断されるべきものであるから、原告が審決後指定商品の一部を放棄しても、右放棄は出願の当初に遡るものではなく、これによつて審決に違法があるとすることはできない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二  同三の1の事実は当事者間に争いがなく、原告は、右の指定商品一部放棄書の提出によつて、本願商標と引用商標との間の指定商品の同一又は類似の関係は出願の当初に遡つて解消されたものであるから、審決は取消されるべきである旨主張する。

商標登録出願においてその指定商品が二つ以上ある場合には、出願人がそのうち一部の指定商品についてのみ右出願により生じた権利を放棄し、もつて出願に係る指定商品を残余の商品に減縮することは、商標登録出願の一部放棄として、特許庁に対する書面による一方的な意思表示により、自由にこれをなしうるものと解されるところ、商標登録出願により生じた権利は、商標権の設定の登録があつて初めてその目的を達成するものである以上、出願人は、右設定の登録があるまで、すなわち商標登録出願手続が特許庁に係属中は、その手続の性質上いつでも、出願により生じた権利の一部を放棄することができるものと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和五三年六月二一日判決、昭和五二年(行ケ)第一二〇号審決取消請求事件参照)。そうして、右のとおり商標登録出願の一部を放棄して出願に係る指定商品を減縮する旨の意思表示は、その性質上、出願人においては右放棄に係る商品につき出願に基づく法律関係の存在をすべての関係で主張しない旨をいうものに外ならないから、当初の指定商品の一部を出願の時点に遡つて撤回する意思表示であると解するのが相当である。したがつて、右意思表示による指定商品の減縮の効果は、出願の当初に遡つて生じるものというべきであつて、このように意思表示の内容に従い遡及効を有するものとすることの妨げとなるような規定は、商標法その他の法令中に見出しえない。

そうすると、本願商標については、原告の主張のとおり、昭和五六年七月一一日、「商標登録出願の指定商品一部放棄書」を特許庁に提出したことによつて、その指定商品が「コート及びその類似商品」を除外したものに出願の当初に遡つて減縮されたものであつて、右のとおり減縮されても、なお本願商標と引用商標との指定商品の間に同一又は類似の関係があることについては、なんら主張、立証がないから、結局、両商標の指定商品間における同一又は類似の関係は、本願商標の出願の当初に遡つて解消されたものというほかなく、引用商標との対比において本願商標を商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するとした審決の判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由があるので正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 舟本信光 舟橋定之 八田秀夫)

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